掃除しよう
「本当にうわーホントもうなんていうか死にたいよりもうあらゆるすべてを目の前から消して真っ白にしてくれ記憶とか時間の流れとか結果とか今とか失敗とか成功とかそういうすべてをきれいさっぱりに消してそのあとにのこったへこみだか日焼けあとだかもすべてを白にして存在してた事実を根っこから消してからもう金輪際きっかけをつくらないでくれ
っていう風に考えてる時が一番つらいのかもしれない
なにがつらいのかもわからなければなにが問題かもわからないから
なんかもーぐちゃぐちゃぐちゃ!ってしたい。何をだ
なんなんだ、プライドとか劣等感とか自分の自分に対する期待とか周りとか生活とかなんか朝とか夜とかテレビとかお金とかそこらのホコリとか
たまに、なにかに当たりたいんじゃなくて、たしかにある種暴力的な衝動に駆られたりする
そういうのがのどにつっかかって、よし出そう!ってオエーってしても出ないし、中指口につっこんでも吐き気だけで結局吐けなくて不快感だけが残って
だからわかりやすい誰かに愛されたいとかセックスしたいぶっ殺したいとか安直な方法でそれに近いベクトルの欲求を満たそうとしててほんと最近人間浅いし
結局だれかに認めてほしいんだよ、それに自分も入ってるけど。自分のすごいとことかダメなとことかなんかなんでもいいからの認知がほしいからこんなクソブログかいてるのかもしれない
それに対してほんと自分が嫌になるから完全に負のスパイラルだしとりあえず比較的現実的なことを言うならすべてを投げ捨てて沖縄でも行きたい」
というのを、最近”疲れてる”って表現してる。
そろそろちゃんと掃除しよう
例えば今までの自分の人生を語るとして何かしらの形に残しておくことはもちろんできるんだけどそれ自体の不完全さはメロンパンの袋の隅に残るあの硬くておいしい部分のカスみたいな気がして
自分の人生について語ろうって
そう考えても、何かしらの素晴らしいイベントに恵まれたわけでなく、素晴らしい人に出会えたでもなく
例えば真っ暗な全長ウンkmもあるようなトンネルの感想文を書きなさい!って言われたってさ
無理ジャン?
だから昨日のことについてなんとなく嘘にまみれながら書くね
昨日は朝早くに起きてバイトに行ったよ。
バイトは楽しいよ。
若い女の子に囲まれながらワイワイ働いてるよ。
それでね、大学行ったよ
でもね、大学行ったけど特にすることないから特に何もしなかったよ
夜はね、焼き肉行ったよ
焼き肉ね、豚と牛と鳥食べたよ。桜ユッケ食べたかったのに食べれなかったよ。
うん
なんかさ、うそつく甲斐もないや
空凄いきれいだから、みんな見たほうがいいよ
みんなって誰よ
最近人生いろいろ脱線している気がするんだけど
まぁいろんなストレス然り、実習終わってなんとなくぼーっとしてるの然り
けど
けど?
けどなんだっけ?
あとは特にないです。
今日は久々に料理したいなとおもってます
素直に生きるほうが難しいね
それでは
実習TA
行ってきます
探さないでね。
実習中に3回はパコりたいです(本当にウソです)
ばいびー
優しい人になりたい
”優しい人になりたいなぁ”
ってよく言うじゃないですか
そりゃ、ゆるふわ系低身長お姉さんキャラの女の子が虚空を見つめながらぼそりと隣でそうつぶやいたらええもうたまんないですけどね
そうじゃなくて、優しい人ってなんだよ
僕は優しいよ
うん、なんていうか、僕は優しいと思う。
優しさの定義にもよるんだけどさ
例えば比較的寛容だし、大抵の友達のする事は許せるし、というか基本的に否人の意見に否定の言葉を出さないようにしてる。
でもね、
でもね。
でもねアナタ、結局は”優しさ”なんて概念は男子同士には存在しないものなのよ
そんなここまでの人生の半分で通学路の道端に落ちてる犬のウ〇コ投げ合うような脊髄反射で生きてる動物に優しさなんて文化は存在しないのだよ。
でもって女の子にとっての”男の優しさ♡”なんてもんは、強い雨が降りしきる中”あちゃー傘忘れちゃった・・・”と軒先で雨宿りしてる時にイケメンが”一緒に・・帰る?”っていうようなプロセスなわけですよ。
ね?
テメェのためになんか考えて行動しようがそういうのは”優しさ"じゃなくて”おっせかいクソ野郎”なわけ。
僕もだ。
そのおせっかいクソ野郎にとっても”こんな〇〇ちゃんのためにしてるのに・・・”なんて思っちゃうからさらにたちが悪いんだよな。
僕もだ(二回目
優しさなんて・・・
自分が優しいと思ったらもう負けなんよね
それでも誰かが
”べしょくんって優しいね!”
って言ってくれる日を夢見つつ、それまでおせっかいクソ野郎でいたいと思います
トコヤさんって
髪を自分で切ります。
髪は自分で切るんですよ。
なんでかっていうと、一昔前のもう少し昔、わたくしもちゃんと”シュクモウキョウセイ”という儀式を行って”サラサラヘヤー”を手に入れていたわけですよ
が
なにせ高い。何がってお金がだよ。7000円。7000円だよ?大抵の東大出版会の専門書買えちゃうよ?
なにが悲しくて多くの人が生まれ落ちたとき既に得ているモノを3か月に1回7000円払って買わなきゃいけないんだよ?
もうね、悲しいよね。遺伝子を呪うね。
話がそれたけど、結局縮毛矯正は高い!ということで、普通のカットをお願いするようになった。
が
全然思ったようにならない。
カット後半になって美容師さんが「(あれ・・・?あれ・・・?)」って顔をするんだ。
うん、縮毛だからね(ドヤ顔
もともとサービス業に対してうまく接すことのできない特殊コミュ障の私は何も言えないわけです
じゃあなんて言えばいいの?「綾野剛みたいにしてください♡」とか言うの?
はーい!って威勢よく返事されたって1時間後に鏡に映ってるのはどうせ葉加瀬太郎なんだよ?
つらい人生だ
そういうわけで、自分で切ることにしたんです
案外うまくいくのよ。というか段々「ま、自分で切るんだからこんなもんだろ」って適当になっていく。
暇があれば切る。
楽しいよ。
うん
夏が嫌い
夏が嫌いだ
これ多分大学生になってからだから4年前くらいからのことなんだけど、なんとなく夏が嫌いになった。
最初はなんでこんなに嫌悪感を抱くのかよくわからなかったんだけど、まぁ暑苦しいしけだるい気分になるからだろ、と理解してきた。
けどね、段々なんで夏が嫌いなのかわかってきたのよ。
要するに、夏は「一人ぼっちの自分が誇張される」ことに対してすごい嫌な気分を感じてるってことだった。
別に年がら年じゅう友達少ないし(死にたいですね!)、夏だからって特別なにかしら自分の境遇が変わるわけでもない。
夏の暑さの、日照りの、空の、音の、「夏だぜウェイ↑↑」っていう感じに反して自分はひとり閉じこもってる感じが凄く嫌なんだ。
実際に周りの人がウェイ↑↑ってなってるわけではないんだけどね。
花火を観るとか、海に行くとか、そういうのってそれ自体は大して興味をそそるようなものではなくて、”あーパスパスwww”ってなっちゃうんだけれど
結局それらは”雰囲気を楽しむ”ってことにすごく寄与してて
要するに、ディ〇ニーラ〇ドに行って「いやでもあのミ〇キーの中の人(ry」って言うのはすごく不似合で、場違いで、違和感を感じるようなことなんだ。
僕が感じてる不快感っていうのはそういう「夏に乗り切れない自分」なんだと思う。
夏を無下に過ごしてると、なんだかすごく時間をもったいなく垂れ流してる気持ちになるんだよなぁ
”季節に合わせなきゃ、もったいない!”って焦るのはすごく自然なことのようにも感じるし、なんだかすごくバカらしくも感じるけど
こうして20代前半も残り少なってきたものの夏をフルに満喫できないで終わるのである・・・
・・・っていうのは悲しいので、楽しく生きよう。
花火観よう。海に行こう。プールに行こう。BBQもしよう。夏はタダで来る。
しがみついてないで、夏の魔物に飲まれるような夏にしたい。
・・・って研究室のパソコンで書いてる時点でお察しなのでした(完)